太宰治「人間失格」の海外アマゾン評価レビューの和訳






人間失格 (集英社文庫)
太宰 治
集英社


日本の「ライ麦畑でつかまえて」と謳われた本は多数存在しましたが、その影響力・発行部数を考慮すればこの作品こそが間違いなくそうだと思います。海外の方もこの作品を読んで、自分のことと思ったりするのでしょうか。

以下ネタバレが含まれますので、ご注意下さい。 現時点で、米アマゾンは総15レビューで星平均4.1で、英アマゾンは総2レビューで星平均4.5です。

2人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★★「ニンゲン シカク
とても暗く悲劇的な話ですが、人間の真の姿を目の当たりにして衝撃を受けます。主人公は本当に興味深い。あるときは「これは私だ」と自ずと声が出て、彼に同情したり、彼の幸せを純粋に願ったりして、またあるときは心底彼を憎んだりする。気が滅入るというより、あまりにもはっきりと人生を映しだしていると言えます。間違いなく必読の本です。


39人中、35人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★★「とにかく強烈
今まで読んだ中で特に強烈な一冊だ。
この小説(太宰の自伝的作品で、一人称で書かれている)は、幼少からひどく自分が周りと調和できないよそ者のように感じ、その根強い疎外感を隠すために仮面をかぶることを身につけ、偽善的社会を軽蔑する一人の男の物語である。彼は人間社会に適応できないと感じている。そして成長するに従って、次第に酒や薬、自殺行為などで転落していく。

概ね社会から疎外された人間の物語であるという点では、ストーリーは少しカミュの「異邦人」を彷彿とさせる。しかし太宰は自己嫌悪と自己破壊の意味を深堀りしていくのでさらに暗い(カミュが陽気に思えてしまう)。
太宰は戦後の暗黒作家として知られ、この作品は実に濃厚だ。


15人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★「暗黒面の探求」(大阪)
この小説は葉蔵の、人間社会からの疎外感を感じる青年の人生を物語る。彼は周囲とのコミュニケーションが不可能だと判断し、周りからの視線を恐れている。彼は道化を演じてみるが、それを見透かされると彼は完全に打ちのめされる。彼は大学入学とともに、酒や薬との勝ち目のない争いをするようになる。彼の不幸の中核は、女性との正常な関係を結べない点にある。だがその原因は完全に彼自身にあり、その厭世観にある。
これは面白い本だが、ダークヒーローを私の頭に収めることは難しい。この本の中で彼は希望もなく、憂鬱や社会的恐怖から抜け出す方法を見つけられない。唯一できることは逃げることだけ。彼の心中を推し量るのは難しいが、社会から引きこもる人々の感情を理解する手助けになると思う。


28人中、19人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★「部分的に面白い(それ以外は?)」(ニューヨーク)
私は週一で日本女性の家庭教師をしていて、最近彼女に読むべき日本作家を聞いてみた(最近のアトランティックマンスリーの書評欄の中で言及されたこともその理由だ。「アメリカ文学は、よく教養として深みのない騒動がモチーフになる」)。「太宰治はいいですよ」と彼女は答えた。「でもひどく気が滅入るかも」

この学生は当然のことながら、私とかなり違った文脈で本を読む。彼女は差し迫る不安(戦後当時の空気に感化されて)を抱えながら、葉蔵(主役)の苦悩の連続に感情移入する。アメリカの読者もそのような読み方はできるが、「人間失格」は人間全般に通じる普遍性を持ち、人を惹きつける。葉蔵は周囲に溶け込めない自分や世界を嘆きながら、人生のあちらこちらで躓くが、それが得てしてユーモアと洞察力を生む。そう、彼は悲劇的人物だが、鋭い眼光と機転を持ち合わせた存在だ。「人間失格」は、彼とは似ても似つかない人生を送るこの私も笑ってしまうほどの、的を射た観察力がある。

「面白かったって? どこが? 凄く悲しい!」私の生徒は、ほぼ叫ぶように言った。

「そうさ、面白いよ。とても核心を突いているから。すごい本だ。物事をとてもシンプルに扱っているし、それがまた上手いんだ」



批判的感想は以外と少ないですね。

17人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★「よくある転落」(ワイオミング州)
この本は次々と女を足蹴にし(またはぞんざいにし)、酒に溺れ、仕事もせずに人生を浪費する主人公の半自叙伝的な物語で、主役が堕落していく様に焦点をあてる。

面白いのは、この退廃的な物語は典型的な日本の禁欲的スタイルで語られている。それでも主役に対する好感のようなものは僕らには一つも残らない。 誰もが彼を神様みたいな人と思っていると最後で語られるが(その一方で彼は自分を悪魔だと思っているが)、みながそう思う理由は決して述べられない。

思い出すこともあまりないし、少しがっかりした。 この本はかなり本質的なことを扱っていると思っていた。少なくとも神様などと呼ばれる人は、ほんのわずかでも善行を試みるはずだ。 だが彼はしないし、 次々と退廃的な快楽にはまり込んでいく。彼は自分以外の人間にまったく関心がないのだろうね。

期待はずれだった。でも酷すぎるということではない。ただ再読するほどでもないし、誰かに譲りたいものでもない。


7人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★「期待したほどではなかった
今作が太宰との初めての出会いであるが、私は「人間失格」をあまりに期待しすぎていたようだ。内容は三島をニヒルにしたような文章で、漱石の自然主義的テーマを料理した感じがするが、その両作家には遠く及ばない。

私は三島っぽい、ゆっくりと螺旋を描きながら転落していくものを期待していた。代わって物語は漱石の三四郎の"ストレイシープ"のような、東京での生活に適応しようと奮闘する姿を描く。実際に葉蔵は破滅へと向かい始めるが、三島や漱石の作品を輝かせる精神的な深みや絶望が欠けている。葉蔵の破滅はほとんど予想通りの展開で、女、酒、薬などは今日ではよくある、あまりに手垢にまみれた題材だ。葉蔵ほどで人間失格なら、恐らく今のこの世界にはかなりの人間以下が存在するはずだ。

三島ほど濃くもなく、漱石ほど厳密でもなく、大江や谷崎や太宰の崇拝する芥川ほどの衝撃や訴求力もなく、初めて読んで残った印象はごく僅かだ。「人間失格」は過剰なハッタリで始まるが、その勢いは急速に萎んでいき、ストーリーは陰気な冷淡さと、わずかばかりのユーモアの間を節操もなく揺らいでいる(睡眠薬かと思ったら下剤だった感じ)。主に自伝的物語のためか、奇妙だが「人間失格」は主人公への情熱や愛着が欠けている。物語は「リアル」に感じはするが(大抵は)、読者との感情的な繋がりを築くことには尽く失敗している。私にとって太宰は、非常に濃密で才能に恵まれた三島(太宰と同格かそれ以上の)を読む前の、軽い準備運動のようなものだと思う。



あとUKから二本。ちょっと長めです。

1人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★★「憂鬱の総本山
この太宰の告白は、作者の虚無観を見事にまとめたものである。美しく、感情の宝庫であり、私が今まで読んだ最も心を動かされた自伝の一冊だ。この内容はあくまでフィクションだと言われているが、太宰の生々しい表現がその説を退ける。

この本に含まれる概念(恐怖、疑い、優しさ)はあまりに徹底的に探求され、厳密に検証されすぎて、いずれの概念を越えてしまっているが、真実である。ここで我々が目の当たりにするものとは、いかに一人の男が仮面ごしに世界を見ているか、いかに彼は目にするものを恐れているかという、残酷なほどあからさまな本性である。世界はただの悪意のある空虚な場所ではなく、貪欲と色欲の基本的悪徳が蔓延する場所なのだ。それは著者を空虚へと引きずり込む、絶え間のない引力なのである。

道化は彼の盾であるが、これさえも彷徨う騎士の鎧の如く、腐った人間世界の中ですり減っていく。作家の脳を消耗させるのは、その中での偽善的行為自体ではなく、我々がそれに慣れきって当たり前のように行い、それを当然と受け止めていることである。その事実に太宰はゾッとする。

話の語り方は非常に皮肉っぽい。この手法は他の有名な作家たちと同じ血脈を感じる。特にワイルド、ゴーゴリやナボコフなどに近いと気づくだろう。後者の二人は、不道徳的なユーモア(不条理コメディー的な)を同じ井戸から汲み上げているように思える。いくつかの優れたフレーズは、この比較を裏付ける。例えば「 あわよくば、彼と無二の親友になってしまいたいものだ、もし、その事が皆、不可能なら、もはや、彼の死を祈るより他は無い、とさえ思いつめました 」。太宰の微妙で穏やかな声の調子とは対照的に、その言葉はとても露骨で、私は声を上げて笑ってしまった。

偉大なロシア作家に見られる心理学的素養がある。太宰には、ドストエフスキーのように鋭い感性と、自己憐憫の傾向がある。だが文章に関して気取った所は一つもない。 文章は書道のように安定して美しい。 しかし描き出されるものは決して綺麗ごとではなく、身の毛もよだつものだ。

この本は確かに明るいものではない。著者は世間に苦しめられるが、その観察眼はとても鋭く機転がきいているので、できるだけ速く読むように急かされる。文章は思いのほか魅力的でシンプルだ。

苦もなく読める言葉使いで心地よく流れてゆき、言葉が自ずと走りだす。太宰は敗残者であり弱者側の人物だが、彼は文章の達人だ。 彼はなんとか日本的慣習(型にはまって制約は多いが、なぜかずっと魅了されるもの)を描き出そうとする。あまりにあけすけで、哀れみをも抱えながら。驚くほど真摯で自己犠牲的なこの作品は、崇高な試みであり、機械文明の馬鹿騒ぎに混乱し、傷つくすべての人へ向けたセイレーンの歌なのだ。


1人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
・★★★★「ニンゲン シッカク」(イングランド)
日本文学の古典と評されたこのダークな小説は、大庭葉蔵という一人の男が、何度かの自殺未遂の後に薬物にハマり、「狂気」のなかで限界に達するその憂鬱さを物語る。批評としての分析対象は、日本の伝統に西洋文化を甘んじて受け入れようとする主人公の葛藤や苦しみにある。

注意しなければいけないのは、作家自身の人生と最終的に自殺した自伝的要素に目を奪われてしまうことだ。葉蔵が自分のことを人間失格だと思うその理由を、僕らは考える必要がある。その原因は彼自身の気の弱さにもあるし、彼の生涯で出会う人たちの偽善的な薄っぺらさにもある。彼はそういうことに我慢ならない性分だ。だから彼の妹に読む価値があると薦めた本は、人の表面的な側面を皮肉る、漱石の「吾輩は猫である」という点は重要だ。

葉蔵の世界では、「聖母マリアの後光」を纏うのは娼婦であり、愛する対象は社会不適応者である。小説全体に漂うものは、偽わりの生活を強いられて感じる疎外感であり、彼の多感な感受性によって増幅されていく。欺瞞に満ちた人生で、彼は無価値で死にたいほどの罪悪感を感じるようになる。この小説は、冷淡冷酷なアンチヒーローではあるが、決して人間失格などではない、あまりにも人間的な男の肖像画なのだ。



レビューの数は少ないですが、ブラックユーモア好きのイギリス人にもっと太宰を知ってもらえれば、かなり気に入ってくれると思います。

以上です、ではまた。


人間失格 3 (BUNCH COMICS)
古屋 兎丸 太宰 治
新潮社 (2011-06-09)
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