村上龍「コインロッカーベイビーズ」の英米アマゾン評価レビューの和訳








当時文学界だけでなく、音楽・漫画業界などのサブカル全般にも多大な影響を与えた作品。この衝撃は世界にも届いていたのでしょうか?

※ネタバレが含まれますので、未読の方はご注意下さい。
米アマゾンは現時点の総レビューは12で、星平均4.2です。

★★★★★「今年読んだ最高の本」(オハイオ州)
日本はここ30年のあいだ、三島由紀夫がクーデターで失敗し、自害したときから、彼が残したかなりの空白を埋めてくれる人を待っていた。ついに村上龍がその役を務めることになりそうだ。

三島の作品は、俳句的な無駄のない美しさと、一見無意味(意味が掴めるまで)にみえる絶望的で暴力的な行動とが結びついて並外れていた。村上は独自のタッチを加えながら、69とオーディションのような作品でこの水域に踏みだした。コインロッカーベイビーズでは、それと同時に彼自身の主張を完璧で見事なものに高めているし、村上は三島の精神と完全に同化している。

69 sixty nine (文春文庫) オーディション (幻冬舎文庫)



コインロッカーベイビーズは、2人の兄弟の物語だ。ほぼ兄弟というか。両方が幼児のころ、実母に駅のコインロッカーに捨てられた。二人は発見されて同じ孤児院に送られ、そこで二人は親友になる。二人は一組で養子に貰われて、南の島で一緒に育てられる。しかし結局、実の母親を見つけに都会に戻る。そうこうして、ひとりは退廃的なポップスターになり、もうひとりは鍛えられた棒高跳び選手になる。しかし成長していくにつれて、二人の異様な生い立ちが常に影を落とす。

キクとハシは、文学的に古典的なアンチヒーローになる運命にある。怒りと混乱で、これらに満ちたこの状況をどう理解していいのか分からない。二人の苦難の人生は、不幸につぐ不幸に直面しなければならない。どうにか人前では取り繕ってはいる。彼らは冷静にその相反する感情をやり過ごす。どんな不合理なときでも、およそ柄にないことは何もしない。村上の奥行きある登場人物を描く上手さは、スティーブンキングやジョンアーヴィングに匹敵する(実に村上を読むときはよく、「ガープの世界」の場面での、子どもが精神病院の窓の外の下の、通りを歩いている障害者の人数を数えているところ思い出す)。しかし一見、話の流れと無関係な出来事を、数ページで一貫した筋に叩きこむ手腕は、はるかに彼ら二人を凌駕している。彼の文章は、いくぶん三島ほどは研ぎ澄まされてはいないが見事であるし、絶え間のないブラックユーモアに満ちている。そして時にはそのユーモアをも破壊し、全ページに通底している無言の嘆きのような苦痛が顔を出す。

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)



コインロッカーベイビーズの背表紙の様々な推薦文(作家から半分、映画製作者から半分)で村上は、新時代のルネサンス的人物として、その作品はサイバーパンク半分漫画半分の、社会のすべてを映す鏡として賞賛されている。村上はこれらのすべてであり、またそれ以上だ(レビューアーがもし日野日出志に触れたことがないのなら驚きだし、不勉強だ)。彼は現在その作品が英訳されて日本で最も成功した作家として見なされている(今、誰かオーディションだけでも翻訳してほしい)。コインロッカーベイビーズは、完璧な小説ではないかもしれない。キャシー・コージャの完璧な最新作に存在する、ある限定できない何かが欠けている。しかしそれを差っ引いても、十分5つ星に近い。

THE ART OF HIDESHI HINO 虚ろな穴 (ハヤカワ文庫NV)




ちょっと褒めすぎかと。三島の後継者はさすがに・・・なってくれると嬉しいですが。龍さんは日本の現代作家にしてはかなり翻訳されてます。上記のオーディションもそうだし、ブルーや69、昭和歌謡曲、ミソスープやラブアンドポップ、KYOKO、ピアッシング、寄生虫、タナトスなどもあり、ミソスープの評価が高いですね。一覧→ Ryu Murakami 洋書

★★★★「ハチャメチャな本
暴力と破壊、それと[気持ち悪い]くだりが満載だけど、私はコインロッカーベイビーズを驚くほど読んで楽しんだ。二人の赤ん坊のキクトハシの、駅のコインロッカーに捨てられる人生の話。彼らは一緒に成長し、最終的に別々の道を歩み、二人の人生は混乱する。しかしそのなかで彼らは、自身を自由にしてくれる何かを探している。

この本はワニをペットにする美しい少女などの魅力的なキャラクターと、男の破壊衝動と一度で全てを実行しようとする決意を描いたアクション満載の話であり、たとえ一時的に気分が悪くなったとしても、ずっと考えさせるし楽しませる。



★★★★★「虚無的なおとぎ話」(シアトル)
これは私が読んだ2つ目の村上龍の本だ。"もう一人の村上”、数々の賞を受賞した人気作家 村上春樹のダーク版という噂で、私の興味はピークに達していた。最初の龍の本の”限りなく透明に近いブルー”は、アーヴィン・ウェルシュの"トレインスポッティング"とウィリアムS.バロウズの"ジャンキー"と似た歩調で、底辺で這い回るどん底の生活を魅惑的に描いていた。少し淫らなこの話は私を惹きつけ、次の作品へと駆り立てた。そして、"コインロッカーベイビーズ"でブッ飛んだ。

限りなく透明に近いブルー トレインスポッティング [Blu-ray] ジャンキー (河出文庫)



半自伝的な"ブルー"とは異なり、"コインロッカー"は本格的な小説で、残酷な現実にしかと根ざした、心かき乱すファンタジーだ。タイトルや出だしは実際に日本で起こっていた現象で、駅のコインロッカーに新生児を捨てる不幸な母親たちのことを描いる。龍は日本の異様さを明らかにし、アニメ的世界と現代の問題とを融合させている。

破壊され、汚染され放棄された街 薬島のある東京が舞台で、その街は最も高級なビジネス街のちょうど真ん中にある。そこは、あるファッションモデルの娘が、沼地の空間を自分のマンションに設けて、完全に成長したワニを買っている場所だ。そして主人公は、皆殺しで平和をもたらそうと、とんでもない野心を抱く。

この奇妙な日本を舞台に、龍は二人の少年を、コインロッカーに捨てられた赤ん坊で唯一の生き残りとして登場させている。~あらすじ略~ 二人には互いに相応しい恋人がいる。共に絡みあうこの四人の歪みはとても受け入れ難いが、幾分は共感できる。彼らが成功か、それとも破滅に向かっているのかは誰一人分からない。

現実と空想の間をあちこちに飛び交かい、固い手応えのようなものはあまりなくとも、それは逆に龍への賛辞であるし、彼は常に読者を期待させている。この本はもとは1980年に出版されて、1995年に終末思想的カルト集団であるオウム真理教が行った、東京へのサリン攻撃を不気味に予言していた。翻訳は完璧で、日本の重要で文化的な特色を隈なく溶けこませ、西洋の読者にあまり馴染みのない日本的慣習を知る手がかりを、望むかたちで与えている。

彼の憂鬱な現実認識に完全に屈する訳にはいかないが、自分自身が"もう一人の村上"のダークなヴィジョンに、より魅了されているのが分かる。この驚くべき才能が、他に何を表現するのかぜひとも知りたいし、翻訳されれば他の作品も必ずチェックしたい。



低評価もすこしあります。

★「不良漫画映画のノベライズみたいだ」(ニューヨーク)
ロッカーに捨てられた赤ん坊という設定が興味かったので私はこの本を買ってみた。僅かに良いところもあるが、全くの期待はずれだった。

文章は感情の起伏もなく、誰かが見ている映画を解説するように、ずっと単調なアクションが続いていく。背表紙に、ロジャー・コーマンとオリバー・ストーンが絶賛などと載っているし、マイク・リーの”ネイキッド”と比較されているが、その点はよく分かる。この本は映画化したほうが遥かにいいだろうし、時間も無駄にならない。

著者の挑戦的な文章は時折、不自然なプログラミング言語のようで、より破壊的な、粋で熱狂的な文章にしたくても遥かに遠く及ばない。公平に見れば、部分的な悪文は翻訳のせいかもしれない。しかし他の大きな欠点まで翻訳のせいにすることはできない。

彼は進んで話をでっち上げるので、まさに物語は彷徨いだす。掘り下げれば可能性を孕む有望なテーマも多々あったが、そうはならなかった。例えば 、思春期に世界に対してルサンチマンを抱くニーチェっぽいところ。それは食うか食われるかの世界であり、そこは確かにクールだ。残念ながらこの本はとても支離滅裂で辻褄も合っていないから、見込みあるアイデアも愚かなアクションシーンで台無しになる。

超訳 ニーチェの言葉



すべての段落で、新規に無意味な珍事が唐突に出現して、争いが始まったり、または皿が壁に投げつけられたりする。それをすべて読むあいだ、私は実に肉体的疲労を感じた。誰が脇役なのかも完全には区別できない。

そこらじゅうにたくさんの素晴らしい本があるのに、この本を読んで過ごした二日間を後悔している。この我が不運を、みなの悲劇を避けんがために使われんことを心より願う。代わりに村上春樹を試してみては。彼は素晴らしい作家だ。



★★「もももう十分
誰も低評価のレビューは好きじゃないけど、私が書こうかしら。

これは日本の寒々しいポストモダン小説のなれの果てなの(少なくとも私にはそう読めた)。無意味で意外性のない暴力と自己破壊がいっぱいで、きっと偶然だろうけどこれらは、過去に取り憑かれた彼らの、先行きの暗い未来を証明しているのよ。

星2つを与えたのは、現代の日本や世界の社会的な病- 貧困、暴力など - を黙殺する他の多く小説と対して違わないから。この本は衝撃的で、ある程度は薬になる。だけどやり過ぎだと思う。

私はむしろ村上龍のイン・ザ・ミソスープを進める。同じく衝撃的で暴力的だけど、より深く考えさせられるし、面白くて且つ、すぐに読めるの。

イン ザ・ミソスープ (幻冬舎文庫)



ukは現時点で総9レビューあり、星平均3.6です。厳しいものが一つあるのでそれから。

★「気が滅入るし悲惨」(大阪)
詳細な書評をネットで見つけることは難しかったので、アマゾンのレビューを読んでみた。そして、この本を高く評価する人の気持ちが理解できない。非常に憂鬱で悲惨な話であり、自分と関係があるような、共感を持てるような代物ではなく、ただ恐ろしく退屈なものだ。ページを捲るたびに、たとえ起こる理由が分からなくでも、すぐにひどい事が起こると予測できる。著者が支離滅裂に描く、底の浅い登場人物の行動は簡単に予想できる。無駄に憂鬱なプロットは、気味の悪い予測可能な出来事からまた次へとノロノロと進む。不幸の世界に君を引きずり込んで、退屈以外の他の感情は残らない。この本はお勧めできない。彼の他の小説にもっと良いものがあると聞いたので、他のを探してみよう。



★★★★「奇妙でスタイリッシュな魅力的な現代小説」(オックスフォード)
1970年代の日本は、若い母親がコインロッカーに新生児を捨てるような、非常に歪んだ方向に進んでいだ。~あらすじ略~ 村上は日本で最も有名な現代作家の一人で、主に現代日本の異様さと葛藤をモチーフとし、特にセクシャリティを重要視する (両性愛と同性愛は、他の私が読んだ日本の小説よりも遥かに登場して、今の実際の状況よりもずっとオープンで明け透けに描かれている)。しかしこの作品には激しくシュールで、心理的な疾走感がある。コインロッカーベイビーズは面白いし、教育的な部分さえある。しかし結末は、幾分唐突に悲劇として終わる。おそらく殆どの読者は、微かに不満が残るだろうし、作品は隅々まで秀逸であっても、やや滅入ってしまうかもしれない。それでも、お勧めする。



★★★★★「想いを託したサイバーテロ
英訳版は分からないけど、仏訳版は悪くなかった。日本の終末論な視点で、サイバーチックで、表現できない奇妙な感情が残る。村上のもっとも完成度の高い作品だ。僕は限りなく透明に近いブルーのほうが断然好きだが。(ミスがあったらごめん。英語はうまく書けないんだ。)



★★★★「翻訳が良くない」(ヨークシャー州)
5つ星は付けられない。全てがほどよく、想像力豊かで、深くて衝撃的だけど、残念な翻訳がその価値を下げている。スナイダーはかなり日本作品を翻訳しているが、綺麗に訳してはいても、英語として意味を成していないことがたまにある。”かなり違和感がある”と日本人女性から聞いて、さらにがっかりしたよ。でも翻訳は脇においても、この小説を本当に楽しめた。気が滅入って身が竦むかもしれないが、本当にユニークなんだ。



★★★★★「コインロッカー・ベイビーズ
この本はもしかすると、村上龍の小説で最も面白くて、彼の作品すべてを包括するものだろう。これは人の魂の奥深さと、個人とは何なのかを探求する。鮮やかで色彩豊かな描写と、止まらない物語は読者を人生の旅へといざなう。この本は東洋文学の熱心な読者や、感動的な物語を読むことが好きな人にまさに最適だ。最後に言わせてほしいのは、この読書で培った人生における健全さや合理性などの物の見方は、今後のあなたの糧となることを。



不良漫画のノベライズなんて批判もありましたが全く逆で、この作品のヴィジョンが数々の映像作品に持ち込まれて、その結果としてAKIRAやエヴァ、攻殻機動隊やマトリックスなどが生まれたのです。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」に並ぶサイバーパンク的イメージの元祖なのです。その重要性がいまいち伝わっていなくて残念です。

以上です、ではまた。


Coin Locker Babies
Ryu Murakami
Kodansha International

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