村上春樹「ノルウェイの森」の英米アマゾン評価レビューの和訳






ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社


言わずと知れた大ベストセラー作品です。
海外の方も我々と同じ感動を共有できたのでしょうか?

内容(「BOOK」データベースより)
限りない喪失と再生を描く究極の恋愛小説!
暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は一九六九年、もうすぐ二十歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。



ネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 米アマゾンは、現時点で214レビューがあり、平均星4.5です。

・★★★★★「待望の、待っただけの価値はある」(ノースカロライナ州)
私は村上春樹の四部作(風の歌を聴け、ピンボール、羊をめぐる冒険、ダンス・ダンス・ダンス)を楽しんで読んだ。私はねじまき鳥クロニクルが大好きだが、新しい何かを求めていた。

私はレビューやホームページでノルウェイの森についての記述を何度もいろいろと読んでいた。日本でずいぶん前に出版された"真っ直ぐな"小説で、正式な翻訳がなかったので米国内ではまだ販売していなかった。この小説は日本で膨大な冊数を売り上げた。私は不思議だった。村上の他の小説が大好きだが、日本の読者にとってそれらは読むのがつらいのか、複雑すきるのか?もしノルウェイの森が彼の他の小説よりもやさしすぎるなら、好きになれるだろうか?~あらすじ略~

私のお気に入りのシーンは、ミドリとトオルが彼女の病気の父親をお見舞いをするときだ。彼は重い病気でほとんど食べたり話すことができない。トオルはミドリを説得してひと休みするようにすすめ、町の公園にひとりで散歩をさせる。トオルはこの寝たきりの見知らぬ人と二人だけになる。不自然でぎこちなく、楽しいことなど皆無に思えるこの状況で、彼らはお互いにちょっとした、とても奇妙で感動なやりとりをする。それは村上の描く他のたくさんの場面がそうであるように、とても風変わりでも素晴らしい場面だ。

この小説は他の作品のように複雑ではない。ダンスや羊をめぐる冒険やねじまき島で繰り広げられたマジックリアリズム的/SF的/予測不可能な要素などは持ち合わせていない。しかし同じように楽しく、同じように読む価値がある。この小説には、村上のほかの作品でのみ味わえた、ずっと残り続ける感動的な余韻がある。

君が全くの近代文学ファンなら、君自身のためだ。ノルウェイの森を読むんだ。そしてねじまき鳥クロニクルを読め。



病院の場面は特に好きです。

・★★★★「シンプルな美しさ」(オマーン)
シンプルな物語は、そのシンプルさで深く記憶に残るもの。ノルウェイの森は控えめな若者ワタナベトオルの、彼の死んだ友だちの彼女と恋に落ちるお話だ。メインテーマは、直子を待ち続けるトオルの我慢強さと、恋人の死を忘れられない彼女の病んだ心に寄り添う彼の優しさにある。一見いつ終わるとも知れずナオコを待つあいだに、トオルは彼に好感を持つ同期生のミドリと知り合う。酔っ払ったり、下品な映画を見るのが好きな美しい女の子ミドリは、彼女のおふざけで、このままでは気の滅入りそうなこの本に明かりを灯してくれる。この女の子について読むと必ず微笑んでしまう。酔っては街路樹に登るのが好きで、夜中にトイレで寝入ってしまう!レイコはもう一人の興味深い登場人物で、彼女はナオコの療養所の友人だ。彼女も個人的な試練や苦しみがあるのに、トオルとナオコを結びつけようと努力する。このシンプルなラブストーリーに、場違いな登場人物は一人もいない。実にノルウェイの森が大いに読みやすいのは、登場人物すべての快適な調和のおかげである。



登場人物はすべて印象的ですね。あと翻訳に関しての感想。

・★「アルフレッド・バーンバウムの翻訳をすすめる
私が星1つなのは"ノルウェイの森"の話自体ではなく、ジェイルービンの翻訳のことだ。10年以上もまえにアルフレッドバーンバウムの翻訳を読んで、バーンバウムはルービンよりはるかに優れた翻訳家であることが分かる。バーンバウムの心のこもった訳文に比べて、日本語の官能的な言葉使いが古臭くて陳腐なものになっている。さらにルービンは自分の感覚で単語や文と段落などを省略している。ルービンが行ったかなりの編集をバーンバウムはしていない。

このバージョンでは、ルービンは村上公認の英訳版であると書いている。村上は全世界で好きな​​作家のひとりだが、悲しいかな、私は彼の講演を聞いたことがあるが、彼の話す英語は特にひどい。彼は英語を非常に巧みに翻訳できるようだし、かつては彼の母国語から英語への翻訳を試みていたのだろう。

ちょっと書きすぎた。だが言わせてもらえれば、バーンバウムの翻訳ははるかに優れている。もし日本に住んでいないなら、紀伊国屋書店または米国旭屋書店のようなアメリカの日本書店に行って手に入れよう。そして本棚にこの不名誉な翻訳書を戻すんだ。



ノルウェイの森〈1〉 (講談社英語文庫)

ノルウェイの森〈2〉 (講談社英語文庫)

バーンバウム訳は以前講談社から文庫で出ていたものですね。はじめに読んだ方の印象が強くなることは多々ありますし。 他にはルービンの訳は素晴らしいなんて感想もたくさん書きこまれています。あと英訳された日本の小説は結構バッサリとカットされたりします。まあ英語の発音は彼だけでなく、英語の先生でもひどいですから。

・★★★★★「ラブストーリーに隠された、生死についての抒情的で深い思索」(ブルックリン)
これは私が読んだ村上春樹の最初の本です。そしてこの本の力強さにふれて、心から彼の他の小説を読もうと思いました。ノルウェイの森はすぐに読めるし、登場人物の生と死が絡み合いながら、読者をより近くより深く引き込んでいく。

ちょうど読み終えて、すこしばかり言葉に詰まった。それは愛、死、青年、友情についての話で、つまりはなんて人は壊れやすく繊細なのか。そしていかに人は他人の腕の中で、または自分自身のこころの檻のなかで、いかに傷つかないように身を守っているのか。主人公のワタナベトオルは、孤独の牢獄の中で自身を閉じ込め、そこから逃げ出そうとするが難しく、知人の死を通じて、つまり自分は世界で一人ぼっちであると気づいて心を閉ざしていく。彼の心の扉を開こうとする女性に対して、彼自身は気持ちを無理に合わせようとする。同時に彼女が求めるつきあいや相互理解、そして愛を受け入れようとする彼の優しさは存在しつつも。

この本にはたくさんの死がある。それは他の活動から少しはずれたところで起こるが。学んで成長して変化して、または逃げたり弱り切ったりする登場人物にとって、死は劇薬として作用する。それは後退と前進、萎縮と成長、孤独と一体感の間に相互に作用し続ける。これがこの小説のテーマだろうし、ずっともがき続けながら登場人物一人一人が直面しなければならないものだ。その点において村上は、すべての人間が味わう苦しみ(依存 対 自立)に取り組んできた。

この小説は、村上の驚くほど詩的で喚起力のある文章、肉体を通じて得た観察力を持つ。とても簡単な言葉と描写で、とても複雑な登場人物を作り出していることが、この小説をより印象深くしている。他の感想でミラン・クンデラの"存在の耐えられない軽さ"との比較があり、内容とテーマはやや異なっているのだが、多分言いたいことは、逃げ去っていく"快適な場所"のことで、それを見つけてその中にずっと居続けたいということが、ほとんどの人々の重大な関心事で、そのための日々の苦闘が課せられているのだということだろう。日々の調和から我々を叩き落とそうとするものは常に潜んでいる。

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫) 存在の耐えられない軽さ [DVD]



この小説の結末は、ワタナベがその調和を見つけたのか、それとも失ったのかは書かれていない。現在の彼の人生で、その複雑な問題を解決したのかについても分からない。おそらく"終わりのない"ことが、"存在の耐えられない軽さ"を反映したもう一つの回答なのだ。我々のたまたま住んでいるこの奇妙な場所は、何かを期待し求め行動するすれば、魔法のようにすべてが一度に叶うかのように思ってしまう。いつもの普段の状況では、この錯覚が関係の不均衡をもたらすし、他人が自分と同じだと同一視してしまうときは特に。ノルウェイの森は美しい言葉で表現され、いかに人とのバランスが繊細であるか、いかに人の死や喪失が、互いに理解し合う人たちの結びつきに、ときに精神的打撃を与える劇薬となりえるのかを表現している。



クンデラの存在の耐えられない軽さと比べる方が結構いますね。あとライ麦と。個人的にはノルウェイの森はグレートギャッツビーと夜はやさしが融合したものを想定して書いてたんじゃないかなと妄想してます。

・★★★★★「言葉もでない」(ニューヨーク)
どうはじめましょうか。私は最初7年前に中国語の翻訳でこの本を読みました。しかし、この新たに発行されたバージョンを読んだ後、すべてが甦ってきました。すべての悲しい気持ちと無力感が。この本はそれは素晴らしく、言葉では表現できない。そしてビートルズの"Norwegian Wood"を聴きながら、物語の登場人物に共感せずにいられない。あなたにこの本をどうしても手に入れてほしい。なるべくなら英国版がいいと思います。

この本はまさにJDサリンジャーの"ライ麦畑でつかまえて"ような感じがするなんて感想がありますが私もそう思います。村上は、彼自身その事は本などで認めています。しかし、"ノルウェイの森"には、生と死や愛と憎しみの間に横たわる、独特でとても強い力がある。この本は東京の大学生の長引く恋物語なだけではない。その奇妙な性行為とたびたび起こる自殺は、日本文化の本質を表しているし、村上作品によくあるアメリカ文学と文化の影響もある。多分それは西洋文化が1900年代初頭に伝わっていた貿易港 神戸で生まれた村上に関係がある。

とにかく、このレビューを書いている理由(午前3時30分)は、ちょうどこれを読んだ後で眠れなくて、そしてそれはこの7年で二度目なのです。



ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)



英アマゾンは134のレビューあり、星平均4つです。星1つ評価も10個ほどあり、同意する方もそこそこいますので、すこしそれから覗いてみましょう。日本でもそうですが、かなり手厳しいものもあるので村上マニアは読まないほうがいいかもしれません。※ネタバレ全開ですのでご注意を。

・★「誰もこの本についての感想を信じるな!
僕はこの本を非常に勧められて、"ライ麦畑でつかまえて"に匹敵するなんて言われたけど、バカも休み休み言いってくれたまえ。勧められたまま買ったよ。読み始めてすぐ騙されたと気づいた。出てくる登場人物のいずれも好きになれなかった。読み進めれば進むほど興味がなくなった。彼らが持っていた唯一の悩みなんて、よくあるティーンエイジャーの不安だけ。彼らにはオリジナリティはないし好感も持てない。話の筋は大まかに何者かになりたい大学生の人生の中途半端な物語だけ。(親友の死とか、電話を一人で座って待っていたり、女と寝て朝にそれを後悔したりなんてかなり疑問)

ノルウェイの森は日本で絶大な人気があったし、僕がこの本を気に入らないのはたぶん翻訳のせいかもしれない。だけど英訳だってその人気はすごいし、だから翻訳のせいにすることはできない。ということで、なんでみんながこの本を楽しめたのかほんと知りたいと思う。そのうわさの魅力の一端でも垣間見えればなぁなんて期待してたけど、まあ無理だったね。

ひとついいところがあるけど、それは独特の和風スタイルの魅力的な装丁と本の体裁だね。

Norwegian Wood (Vintage International)



僕はたくさん本を読んできた文学部の生徒として言うけど、ノルウェイの森は過大評価されすぎだよ。僕の言うことは真に受けなくていいけど、心を開いて読んで、自分で判断してみてよ。



アンチでも本のカバーを褒める人は結構います。

・★「虚ろな文章の達人のあくびの出る催し
これは過去20年間に発表された最も退屈な小説の一つだ。あらすじは、未熟な主人公が様々な女性に出会い、彼女たちはほとんどが精神的な混乱状態にある。それから語り手である主人公のために性的に奉仕する女性たちは、頻繁に性行為を行い、口にその苦味が残る。それから彼女たちは命を断つ。それから主人公はビートルズの曲を聴いて少し悲しくなる。

その1
レビューに感謝したいね。俺はこの本が自分の脳みそを全く侮辱してるのに気付いた唯一の者じゃないかと恐れていたんだ。著者は彼の読者​​がいかに羊のよう従順で愚かかを見るためだけに、そして彼が書いた作品というだけの理由で賞賛するのを知りたいがために、故意にとてもひどいものに仕上げたんじゃないか.....

その2 (イギリス)
”それから彼女たちは命を断つ”
買って読む前に、いろんな感想を読みたかった。でもいったい誰があなたみたいな感想で台無しにされたいひとがいる?私は好みや意見の違いについてバカにしたりしないけど、筋の主要な部分を書き散らすことは、自分の意見を述べる上でやや幼稚なんじゃないかしら。

その3
私は文字通りちょうど本を読み終えたところで、同じように落胆を感じた人を見つけようとレビューを漁っていた。君の簡潔なレビューは落胆の本質を捉えているし、実際苦心して読んだ400ページのたわごとよりも面白いよ。

その4 (ロンドン)
本を読む前にアマゾンのレビューなんか読まないことが一番だと思う。また小説を読み終えるまで、学者が書いた古典などの導入部も無視する。アマゾンでは星の評価を一目見るくらいかな。かなりの数のレビューは読むと台無しになるし、長いものは特にね。



ここからは連続で。

・★「この本には目新しいものがほとんどない
大量の熱狂的なレビューを読んだ後、私はとても失望している。この本は驚くほど酷いから。多分翻訳のせいでしょう。たぶんこの作者の最悪の小説だろうし。だって他はすべて素晴らしいから。ちょっと愉快な学生生活の見所を除いて、この小説は不愉快なほど意外性もない。つまり若い男の性豪自慢が書いてあるだけ。彼の口説き落とした女たちの描き方も良くないし、傷を舐めあうためだけに奉仕する。彼は振り返り、悲しみを感じる。そう、新しいものは何もない。本の中での"グレートギャッツビー"に関する発言どおりに、読者はそっちを読んで、この本は本棚に戻すことを強く勧める。



・★「とにかく酷い!」(マスウェルヒル)
海辺のカフカを読んでそれはもう心酔してこの本を読んだけどホント呆れたよ!ホントに同じ作家が書いたものなのか?幼稚なポルノみたいで、露骨な性描写はドン引きするよ。カフカでもかなりの性描写があったが、ちゃんと必然性があったし上手く描けていた。あまりにも陳腐な性描写が多すぎるし、全く不必要だ。作者の精神状態がちょっと心配だよ。別の感想にもあるように"これは文学ではない"。全くその通りだよ。僕が最初にこの本を読んでいたなら、恥の上塗りだと思ってカフカは読まなかっただろう。でももうこれ以上書くのはやめとくよ。



・★「退屈、退屈、退屈
素晴らしい"ねじまき鳥クロニクル"を書いた人が、大量の森林伐採を企てていた加害者でもあったなんて信じられない。多分この本に使われている紙は、ノルウェーの森(木々)だったりして。ねじまき鳥は壮大でとても複雑だっし、オリジナリティもあって見事だった。しかしこの本は退屈だ。下記のレビューが的を射ている。それは少年が成長することを拒否し、恋に落ちて、それを大人になって回想するってこと。至って平凡で話もつまらない。登場人物は空虚で文章は気持ちが入ってないし曖昧だ。本というものは何か新しいことを述べたり、僕らが望むものを表現するものだが、この本はそのどちらでもない。ただ退屈な学生がHする非常に退屈な話だ。~あらすじ略~ ただそれだけだ。村上がこの本を書いたことが信じられない。程なくして彼は他の作品のいくつかとても見事に書き上げているし。それでも本のカバーは素敵だから星1つはあげるよ。



・★「ノルウェイの家具(wood)なのか?
これ程とっとと読み終えたい本なんてかつてなかったね。安っぽい感傷以外のなにものでもない。話は何一つ面白くない。誰一人感情移入出来なかったし、読み終えたときは解放されて嬉しかったね。



・★「目新しいものが見つからないけど私だけ?
ありきたりじゃない、それがハービル出版のウリなはず。ハービルの書籍はいつも、文芸アートにおいて大胆でオリジナルな内容のはず。この本は古臭いし(イギリスの作家ドナルド・イェーツやノエル・カワードを思い出す)、話は陳腐で苦痛そのもの。私も時代遅れの従属的な女性像には反対だし、登場する女性のすべてが、ただ語り手が思春期だったころの性欲のはけ口としてのみ描かれているように思う。



・★「なんでみんなこの本を褒めちぎるんだ?」(ロンドン)
この本はホント悲惨な出来だし、完全に過大評価されている。なんでみんな褒めちぎるのかホント分からない。
語り手のトオルはフィクションで出会った最もイラつくヤツの一人だよ。すべての女の子は彼を愛して、彼と寝たいと思っている。これは村上の願望なんじゃないの?

この本の人生哲学なんて酷いなんてもんじゃない。ホント本当に表面的。それにホント時代遅れ。一例として、”人生はチョコレートの箱”みたいなやつ。

冗談じゃなくて。

人生は断じてチョコレートの箱なんかじゃない。チョコの箱を開ければ、人はその真ん中に何があるのか自ずと答えはわかる。残念だけど人生は開けたって、君より先にあるものが何かなんて、自ずと答えてくれるものなんかない。(結果的にこの文がまさに人生の一つの答えとなることを願うよ。ノルウェイの森を読むのを避けて、貴重な時間を無駄にしなくてすむような答えとしてさ)

もしフォレストガンプ風の哲学が好きなら、こんなひどい本でも十分楽しめるんじゃないかな。もし君が軽薄でないものが欲しいなら他のものを、たとえば真の天才ミラン・クンデラが書いた哲学小説を探すといい。それとスーザン・ソンタグも。両者を読めば村上がいかに未熟かが分かるよ。

私は生まれなおしている---日記とノート 1947-1963




いかがでしょうか。でも約8割方は高評価ですね。再び評価されたレビューをすこし。

・★★★★「パーティーに遅れて残念だよ」(日本)
私は約10年間日本に住んでいる。その間、日本について書かれた本を数十冊読んだけど、日本文学はほんの少しだけ。その主な理由は、私が読みたい日本文学の英訳にはいい加減なものが多いからだ。このことを知らずに、私の彼女は親切にもジェイ・ルービン訳のヴィンテージ社版を送ってくれた。彼女の好意と彼女をより良く理解するために、読むことを決心した。

自分の想像もしなかったものが、読み始めてすぐ結晶のようにはっきり見えてきた。まず第一に翻訳が素晴らしい。ルービンはかなりいい仕事しているし、次に村上は第一級のストーリーテラーだ。確かにこのシンプルな物語は、構成としてオリジナルな所も突出した所もない。だが他の沢山の読みどころが満載だ。ストーリーテラーとしての村上は力強く、あなたを話に引きずり込んで、すっかり最前列まで連れてきてしまう。話が目の前に明らかになってくると、彼の描く登場人物たちの息遣いを感じ、彼らの語られる以上のことを知り、彼らの内側にある痛切な願いと恐れを知ることになる。

文章も全くもって複雑ではないし、ページはまさにスイスイと疾走して、その勢いで3回ほど腰を据えれば読み終える。読んだ後は不思議な余韻が残るし、実際に登場人物を知っているような感じがする。突撃隊やミドリたちがずっと思い浮かんでくる。そして最後のページでの喪失感。日本に興味あるかどうかに関係なく、あらゆる人にとって優れた小説で読む価値がある。 この本は全くの現代文学として読めるし、目に見えない背景もあって特別な余韻を残す。



・★★★★★「悲しい話だけど、とても愉快」(ケタリング)
遠くない過去の話で、でも郷愁を感じるにはちょっと昔すぎるけど。主人公のワタナベトオルの学生生活と幼馴染の恋人のナオコとの運命的な愛、家から解放されても新生活を始めるとさらに生まれる厄介な問題。

この物語は絶望的に悲しいけどそれ以外に、おそらく私が読んだ全ての村上作品の中で最もユーモラスな所がある。ユーモアは常に穏やかで、緊張を解きほぐす効果がある。ペースの早いアクション小説ではないし、彼のその後の小説の魅力である"風変わりなところ"もない。でも何度も読み返したくなる稀有な小説です。

この主人公はこれまでの他の村上作品全ての主人公にとても似ているので、間違いなく村上の小説です。とびっきり素敵な本で、彼の最高傑作とまでは言わないけど、それに僅差で迫るくらいの作品です。



高校の頃、ノルウェイの森を読んでいた友人が失恋して、3ヶ月くらい学校に来なくなったことを思い出します。

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2011-10-26)


----ここからは追記ですが、英国紙ガーディアンの村上さんのインタビューに、学生当時の友人たちのことを語っています。ちょっと引用したい部分があったので、少しだけ。

彼の周りのすべての友人も反抗していた。その何人かは、自ら命を断った。それは村上の書くものにしばし現れる。「彼らは逝ってしまった」彼は言う。「とても混乱した時代でした。僕はまだずっと、彼らがいなくなって寂しい。時折、自分が63歳だなんてとても不思議に思う。僕は自分自身、ある種の生き残りのように感じています。彼らについて考えるたびに、僕は生きなければいけないし、もっと強く生きていかなければならないと思います。だから自分の人生を無駄に過ごしたくはない...まさにそう決心したから、そう生きねばならない。僕は生き残ったから、彼らに報いる責務がたっぷりとある。だから小説を書くときは、亡くなった人たちのことを時折思い浮かべます。友だちを」



彼の小説に漂う喪失感の理由が少しわかった気がします。この小説が単なる恋愛小説に思えないのは、ずっとずっと忘れられない彼らへのレクイエムだからでしょうか。

ちなみに村上作品はかなりオーディオブックにもなっていますし、リスニング力アップの強力な味方になります。私は短編集「象の消滅」のオーディオブックを聴き込んでます。

Norwegian Wood Movie Tie-In Haruki Murakami: Norwegian Wood



「象の消滅」 短篇選集 1980-1991 The Elephant Vanishes: Stories (Vintage International) The Elephant Vanishes (Classic Fiction)



以上です、ではまた。
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