F・S・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」の海外アマゾン評価レビュー(感想)の和訳






グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
スコット フィッツジェラルド
中央公論新社



アメリカ史上最も優れた小説の一つと言われるこの小説の凄さが、いまいち日本の読者に伝わらないのはなぜでしょうか。ネイティブの感想を読めば、その偉大さがわかるかも知れません。

以下ネタバレが含まれますので、ご注意下さい。 更新時の米アマゾンでは1321レビューあり星平均4.1です。英アマゾンは364レビューがあり星平均4.3です。

・★★★★★「遠い昔の見事な宝石。発見されたばかりのような眩しい輝き」(サンフランシスコ)
ほとんどの高校で必読書だったので、フィッツジェラルドのジャズエイジを舞台にした小説に公正な批評をすることは難しい。しかし大人になって読み返してみれば、この話はまだ心に響くし、遠い昔に忘れ去った輝きようなものが、昔よりは気がつくんじゃないかな。この本の中心はギャツビーのデイジーに対する並々ならぬ想いにあり、ほろ苦い異様な切迫感のあるラブ・ストーリーだ。奥行きのある舞台設定と1920年代のアメリカン・ドリームにまっしぐらなところなどは、この小説に深みを与えている。

この話の多くは、ニック(ギャツビーが最も信頼した親友で控えめなロングアイランドの隣人)によって弁舌巧みに語られる。ニックは二人の実らなかったロマンスの5年後に、彼を接点として恋人たちを再会させる。豪華な大邸宅の孤独な登場人物ギャツビーは、怪しい手段によって富を築いた新興成金である。デイジーの方は常に恵まれた生活を送り、愛よりも快適な生活を手放すことが出来なかった。彼女はこのためだけにトム・ブキャナンと結婚したのだ。トムが自動車修理工の強欲な人妻と浮気にうつつを抜かしている間に、デイジーに対する愛でギャツビーの野心が刺激され、デイジーとのロマンスが再燃する。ニック自身も金持ちらに取り巻かれ、ジョーダン・ベイカー(若いプロゴルファー)と付き合う。

登場人物たちはこの地上で、金持ちの偽善行為や不毛な愛を巡る裏切り、個人としての虚しさに晒され、崩壊の道へと導かれていく。フィッツジェラルドの文章の強みは、これらのテーマをより輝かせる詩的散文にある。一語の無駄もなく、かなり混みいったプロットの無駄のない文さばきは、私が今日もっと真似されてしかるべきテクニックかと思う。この本が80年後に今より大きな意味を持つかどうかは分からないから、僕は単純にこの本を楽しんでいる。これは過ぎ去りし時代の活気や肌触りを感じられる古典的な物語だ。特にかなりのバーゲン価格であるし、十分に再読する価値がある。



バズ・ラーマンとディカプリオコンビで再度映画化されます。詩的描写がどのような映像になるのか大変楽しみです。

・★★★★★「何十年たっても、未だに偉大。別の意味で
この本を初めて読んでから20年ぶりに再読して、これがまさにアメリカ史上最高の小説のうちの1つといわれる所以がわかった。だけど高校で初めて読んだときよりも印象は変わっていた。

当時の私はデイジーとギャツビーのラブ・ストーリーが、最後にはハッピーエンドになればいいのになんて思っていた。今となっては彼ら両方とも同情するに値しない浅はかな生きものであることがわかったの。登場人物は情緒的に幼稚だとは思けど、それでもフィッツジェラルドの巧みな表現力には感動したの。

ほとんどの文学や芸術においては、十分に与えられた主題について書くことより、何も無い所から緻密で面白い人物を作り出すほうが難しい。何事にもシニカルな現代では、デイジーはひどく情緒面で空っぽな感じがするし、願望や夢の全てを底の浅いたらいへありったけ注ぎこむギャツビーのなんか、田舎者のどんくさい奴だなと思ってしまう。

これだけの年月を経ても変わらなかった感想のひとつは、フィッツジェラルドの場面設定能力で、これには驚きです。彼の地の文は真に詩的であり、そして言葉をあやつる能力が尋常じゃない。このおかげで刺激的で楽しく読むことが出来るのです。



短篇集とか読んでても、なんというかあちこちに宝石をばらまいているような印象があります。話の内容云々より、彼の文章をずっと堪能していたくなります。

・★★★★★「 必読 !」(英国)
私の2008年度の決意の1つは、文学的な裾野を広げることです。Aクラスの英文学を読んでいくにつれて、私はだんだんと興味を失っていったの。文学を通して自分を向上させるために「老人と海」を読んでみたけど、私と何の関わりもないしね。だから「グレート・ギャツビー」を読んだとき、いかに私が救われたか想像してみてほしい。私は古典作品を読み通せたことがほんとに嬉しいの!!

グレギャツは必読です。初めからテンポがよくて、終わりに向かって実に面白くなっていくの。本から手が離せなかった。私は家族と友達にこの本を後で読むように説得さえしたんだけどね、無駄だったわ。で、このレビューでたったひとりでもこの本を読んでくれる人がいるのなら、私はそれだけで満足! 間違いなくお勧めです。



・★★★★★「この小説を読むように導く緑色の光
"ギャツビー"はアメリカンドリームそのものだ。だがそれ以上に、夢見ることそのものについての話である。これは詩的天才の信じがたいほど無駄のない小説である。これは詩と社会時評であり、 芸術作品で歴史的史料である。ジャズエイジ当時の心地よいそよ風が感じられ、物語全体が複雑に折り重なっている。ケバケバしく頽廃的な金持ちらが過剰なまでに快楽をむさぼる旅であり、失われた愛への痛ましいほど憂鬱な執着がある。

もしきみがロマンチストなら、言葉巧みなフィッツジェラルドが泣かせてくれるだろうから一読を。きみがイギリスの学生なら、これを読めばこの本の映画から受けた影響の全てが分かるだろう。もしきみが歴史学者なら、フィッツジェラルドは1925年に検閲法を避けるためにこのテキストに手を加えたのがわかるだろう。きみが社会学者なら、このアメリカ的理想主義がいかに錯覚したものであるかという1点だけは、検証に値すると思うだろう。デイジーに出会って君は恋愛がしたくなるだろう。 トムとつるんで君は億万長者になりたくなるだろう。 ギャツビーの影響で君は夢を持ちたくなるだろう。

一度目は凄まじく巧みに編まれた物語として、2度目は洞察に富む社会時評として、3度目は天才的物語展開をもつ作品として読んでほしい。まだ読んだことがないのであれば。この本はあの緑色の光と同じくらいまばゆいから。



・★★★★★「極上ワインの如く、年を経て更に味わい深い
ここのレビューを拝見して多くの若者がこの小説を理解していないようで残念です。高校で読むことを「強制された」ときだって私はこの本が大好きでした。多分10回は読んでると思うし、読み返す度に以前よりさらに良くなっていきます。

私は村上春樹のノルウェイの森の登場人物がこの本を度々読み返し、自分を励ますところに刺激を受けたのです。 その語り手はこの本を今までに書かれた最も完璧な本で、無駄なページが一切ないと述べています。私は同意せざるを得ない。-ただの筋書きなどではなく、数年経った後も心に残る美しい文章、そして驚きの登場人物や場面。

数年後でさえギャツビーがニックにオーダーメイドシャツを全部を見せるところや、あごで何かのバランスをとっている誰かとデイジーの振る舞いを対比させてニックが彼女の第一印象を解説するところや、ギャツビーのパーティーのあれやこれや、または利かなくなった鼻のことなどが忘れられません。

とある理由でこの本の再読すると旧友との関係を思い出します。英文史上最高の散文は読んでいてとても心地よいし、特定の文章なんかはほとんど覚えてしまったくらい。この本を読み逃しなく。高校のときに好きじゃなかったのなら、読解力が増したときにでも再度お試しあれ。

返答1(ニューヨーク)
"強制"されたら、誰だって読みたくなくなるさ。

返答2(ミシガン州)
僕は断固反対。僕のお気に入りの多くが教師に要求されなきゃ読まないようなものじゃないからね。

返答3(バージニア州)
ギャツビーは万人向けではないよ。芸術的文章の目利きはその本当の美しさが分かるんだろうね。いつか近いうちに再びギャツビーを読み返そうと思っている。

返答4(ニューオーリンズ)
卑見だけど、本を読むことって自分に関係するかしないかで決まると思うんだ。この本は僕のどこかで共鳴するから大好きなんだよね...この本を読んだ後、欠けたパズルのように僕の心のピースがようやく見つかったんだ。若くてもお歳を召していても、その人の味覚次第さ。



当然批判も沢山あります。

・★「偉大なる退屈男」(オハイオ州)
この本に入り込もうと頑張ってみたけどダメだった。浅はかで好みじゃない人たちや話のせいで乗り越えられなかった。退屈で読むに耐えない話なら、散文詩や象徴性など無意味。多分そこを狙ったんだとおもうけど、それらを全部持った古典作品はいくらでもある。散文詩、象徴性、良質なプロット、上手い性格描写や行動、社会時評性などが。この本は著者が要点だけをかい摘んで、ちょっと象徴的っぽくして、そのあと話の輪郭だけで物語の奥行きを作る気もない、屋台骨だけの小説のように感じる。まあそれは狙いだとは思うけど、そのせいで欠陥品になってしまった。薄くて軽い本だからって薄っぺらい人物と時代を書く必要はないでしょ。



・★「つまんね!
俺は学校でこの本を読むことを強制されたんだ。この本の全ページが嫌いだ。退屈だし意味がない。たとえ1920年代以降、最高のアメリカの小説の1つであってもクソ。キャラのどれもが好きになれない。奴らは人生に向き合うことより、パーリィに明け暮れるフザけた奴らで、こいつら全員皆殺しだ。フィッツジェラルドだからって教師が生徒に強要する必要はないだろ。ざけんなよな。



学校で強制されて嫌いになった人がかなり多いですね。日本の教科書や読書感想文以上に、丹念に読まされるからでしょうか。アメリカでグレート・ギャツビーの話はしないほうがいいかもしれませんね。

・★「干物状態」(イングランド)
ずっとその噂は耳にしていたが、これまで読んだことのない有名な作品の1つなので読んでみた。この感想が役に立つことを願うよ!僕はなぜこれほどこの本が称賛されたのか理解できない。文体はとてもダサいし、読み進むのが辛い。また、キャラも全く気に入らない。ホントこんなのを読んで時間を無駄にしないほうがいいよ。

返答
一方でアンタは「大草原の小さな家」(※上の人は「大草原」も幾つかレビューしている)なんか見てテメエの時間を無駄にしてるじゃねかよ、しかも5つ星だってよ、超ウケるぜ!



・★「たいしたことはない
これは私の英語クラスで上級コースに進むための必読書だった。まず最初にこの小説のタイトルを聞いてみても、私の好みかどうか確信が持てなかった。しかし私はこの話を読んだ後、この188ページの内容以上に不眠症への治療法として最適なものはないという結論に達した。

私見だが、これは私がこれまでに読んだうち最も退屈な本だ。退屈なだけでなく恐ろしく予測可能であるし、また非常にイライラする。登場人物全員が利己的で、他者の感情への配慮が全くない。彼ら全員は全く呆れるような態度をとるし、それに一番最悪なところは著者が、読者をその登場人物たちに同情させようとすることだ。本書の道徳的なメッセージは我がクラスが研究した限り極わずかで、非常に限定されていた。

少なくとも私が思うに、この本の筋書きには私の父のハゲ頭のホクロの毛の長さくらいの深さはあるし、雨の中でペンキが乾くのを眺めるのとほぼ同等の面白さはあると思う。私はこの本に失望しているし、他の多くの想像力溢れる素晴らしくて意味のある小説があちこちに存在するのに、なぜこれが古典とみなされているのか全く理解できない。

私の意見としてこの本にお金や時間を浪費すべきではないが、もちろん決定権はあなたにある。とにかく読んでみたいと思うのなら、私以上に楽しんでくれることを心から願うよ。私自身としては、二度と手に取ることはないけどね。



・★★★「"そして僕らは冷めていく黄昏を抜けて、死へと向かっていった"」(東京)
主な話(未熟な女の愛を取り戻すための、浪漫に身を捧げた男の悲運な試み)は、期待したほど面白くなかった。デイジーはギャツビーが必死になって骨を折るほどの価値はないし、その点は彼女の住む世界にも言える。彼女はつまらない女だ。

いろんな登場人物をつなぐ語り手の使い方は面白かった。この本がこれと違う形で書かれていたらどうなっていただろうか?だけどたまにプロットに関しては、自動車を乗り換えたりする所や事故の場面がわざとらしいし、灰の谷の象徴的な扱いはちょっと鬱陶しいかな。受身な語り手以外の人たちは、ほんの少しの客観性さえ持ち合わせていない(著者の狙いの一つだろう、きっと)。全編を通して最も心に矛盾を抱えず、自信溢れる人物といえば、野蛮で自己中心的なトムだった。

この小説の最も味わい深いところは、ごく些細なディティールの部分だ。酔っ払った語り手が、エレベーターからベッドルームへ、ペン駅へと移動する第2章の結末のモンタージュ。ギャツビーの笑顔がそれを見た人たちに与えた効果。ずらりと本を備えた図書室を持つ大邸宅。善良に暮らそうとささやかな生活を営み、面白い事をいうこともなく、サンフランシスコが中西部にあると思っている男の覇気のなさ。薄っぺらい目的から生まれた飽くなき自助努力。「獰猛な慎重さ」で食事をする胡散臭い奴。彼女の夫のすぐ目の前で、デイジーが軽く二言三言でその人物に愛を伝える仕草。トムのような出身の階級差別意識 -「ピンク色のスーツを着たやつなんか、オックスフォード出身者であるはずがない」。プラザ・ホテル上部の窓から流れこむ、セントラル・パークの熱い植え込みの草いきれ。著者が三十路を迎えた時に感じたことの記述。そして描かれる人物たちの浅はかさに辟易してもなお、感動的なクライマックスは味わい深い。

返答
非常に知的なレビューだよ。僕はちょうど今ナボコフの『ロリータ』を読み終えた。『ギャツビー』との比較は困難だけれど、フィッツジェラルドの作品がなぜこんなに称賛を得ているのか皆目見当もつかない。それは君が言うように表面的な賛辞だし、そのほとんどが登場人物たちの拡大してく物質主義的な虚しさに共感して、女々しく反応したのさ。詩的でたまに面白いけれど、読んでてイラついてくるよな。



・★★「決して好みではないが、
ほとんどの人(僕の友人もかなり)が崇拝する、僕の嫌いな本のレビューを書くのもどうかと思うけど。突き詰めると僕にとっては、すべてのキャラクターはもちろん、その中で最高の存在の(すなわちギャツビー)でさえモラルがないということだ。一番最悪なのは彼らが下衆だってこと。僕は結局学校で2回もこの本を読むことになってしまった。最初は高校で僕は読み終えて「ぼくは何か読み落としているに違いない」思ったよ。それで、私はCliffs Notes(米国の学生用補助教材)を買って通読して、「やれやれ、全て調べつくしたよ。でも、だからどうした!」って感じ。二度目は大学のときでこれを読むよう言われて、その時に僕はより多くのものを得た。この本を決して好きになることは出来なかったけれど。僕はこの本のモラルのなさをあげつらって、そこにいろんな教訓をこじつけたり、この本を皮肉れるほどタフな心はまだ持ち合わせていない(少なくとも今のところは)。

おそらく3回は読んでるんじゃないかな。短い本だしね。 年を経て今、その頃わからなかったことに気づくんだ。ギャツビーは現実の女でなく、彼の見る夢物語を愛していたのさ。そしてその現実とのギャップに彼は参ってしまう(そのあと再びドンキホーテでまったく同じ体験をした。まったく不快にならずにね)。ギャツビーの愛と金を混同しているところは、まさにアメリカ人の問題として理解しておく価値があるが、そこは哀れみを感じるしこの小説の肝でもある。

この本を嫌いになった理由の一つは学校で読むことを強制されて、ホント悲劇というか全く飽き飽きさせられたこと。読む本を強制されない今、僕は悲惨な結末の小説にも対処できるほど心が広くなったしね(ホント、ドストエフスキーだって楽しんで読めちゃうんだよ、今)。だけど不幸な結末だからって、虚無的である必要はない。ギャツビーの世界は非常にニヒルだし、最悪の結末を迎える悲願でさえも、理想があればなんだって崇高であるかのような、ちょっとイっちゃってる世界観だよ。

恐らくそれはボネガットやトウェインのような「気難しい爺さん」の皮肉とはちょっと違う。彼らのは少なくとも信用できるし、誠実だと思う。いや、この本のシニカルさは青春特有の「いかに自分がスレた感じに振る舞えるか」的な冷めた大人気取りの、少年少女に悪趣味な詩を書かかせたり黒い服ばかり着させちゃうハシカみたいなものだよ。多分それは避けて通れないものだ。だって登場人物全員が未熟だしね。この本はモラルの崩壊についての話なんだよ。

ヴォネガットとトウェインはユーモアのない本にしたくなかったのだろう。主要人物が両方とも陰険で邪悪なラクロの「危険な関係」だって楽しめた。少なくとも皮肉にブラックユーモアがあったから。ギャツビーは「俺はとても凄いものを書いているんだ、どうだ!」ってな感じで容赦ない雰囲気がある。

僕の好みじゃないな。 好きになるのは自由さ。 ほとんどの奴が好きだしね。

返答1(台所)
私たちはみな学校で強要された「古典作品」のつらい思い出があるからね。まさに「大いなる遺産」が私にとってそれなの。この小説の登場人物たちの先行きの見えなさや、この舞台設定は1920年代狂乱のジャズエイジのもので、悲劇的だけど目映いわね。フィッツジェラルドのイメージ喚起能力は本当に見事だわ。私はこの小説から、今後何十年を経ても学ぶべきものがあると思う。 フィッツジェラルドの人生って、時を超越したこの小説にくるまれているかのようね。彼の伝記を読めば、その波乱万丈の人生がわかるわ。妻ゼルダとその悲惨な結末が。

返答2 (ニューヨーク)
グレートギャツビーが栄光を手に出来たのは、語り手としてのニック・キャラウェイのおかげさ。彼の語りはまさに究極の織物で、その絹の翼でギャツビーを包み込む。道徳的・審理的に見ても、おそらく登場人物への君の告発は全くもって正しい。だが君の心の中にある、盗みももってのほかの文学だと、降りかかる不運のどれもが不審でたまらないんじゃないかな。

返答3 (ニュージャージー)
僕は気づいたんだけど、この本を読んだ人は好きになるか、それとも嫌いになるかのどっちかだね。君がまた読む気があるなら、本の中の微妙な語りの部分にもっと注目してみなよ。そうすればジャズ隆盛時のフィッツジェラルドや、当時の他の側面を知るちょっとした手がかりになるかもね。僕はこの本を愛している。だって読み返すごとに新しい発見があるんだ。

最近読んだ時は水との関連に気づいたんだ。すべてが漂い、根付かない海上の生活(常に流動的で、決して安定しない)で、いかに彼がギャツビーという人格を創り上げていったかを。その前はフクロウ眼鏡の男がギャツビーの図書室の凄みを目の当たりにしたとき、この部屋はギャツビー自身のメタファーなんだと気づいた。

さらにその前には野球の重要性を知って、どれほど八百長のワールドシリーズがアメリカ市民(今以上の熱狂的なファン)を落胆させたのかもわかった。だからマイヤー・ウルフシャイムがひどく感傷的になるんだ。さらにその前だってデイジーの髪の色の変化に気づいた。これは彼女自身の心境の変化を反映してるんだ。他にもいろいろ・・・

まだまだきりなく挙げられるよ。僕はこの本の恋愛部分はおまけだと思って読んでいるし、この本の語りの部分とその繊細さに惚れ惚れするんだ。「グレート・ギャツビー」のことを知れば知るほと、この本はより偉大になる。



噛めば噛むほど味が出るスルメ本ってやつですね。
賞賛よりも批判を多く取り上げたのは、それに対する反論が面白かったので。最後に二つ。

・(ワシントンDC)
グレートギャツビーは当時のほぼ事実上の話なんだ。何はともあれそのおかげで古典になったんだよ。時代を代表する一冊の本(例えば大恐慌時の「怒りの葡萄」や失われる古き南部「風と共に去りぬ」)を、限られたそのページ内の話だけで賞賛の理由を突き止めようとして粗探ししたってさ、そんなの不可能だよ。

・(ノースキャロライナ州)
ギャツビーが”はた迷惑で全く可愛げのない”デイジーにすべてを捧げるからって、この本がだめな理由にはならないし、実際にあったことなのよ。私にも「こんなゴミを読ませるのはやめて!」と言いたい本は何冊もあるけど、異なるものを受け入れること、これもまた学習過程の一部だと思うの。



確かにフィッツジェラルドは実体験や実在の人物をモデルにしないと書けないタイプだったようですね。

本当に読み切れないほど賛否両論熱い感想が寄せられています。探せばまだまだ面白い意見が見つかりそうですし、異なった意見があればあるほど、奥行きのある作品だという証でしょう。

以上です、ではまた。


The Great Gatsby (Modern Classics (Penguin)) The Great Gatsby CD 華麗なるギャツビー―The great Gatsby 【講談社英語文庫】

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